|
貧しい人々や苦しむ人々のために その全生涯を捧げ、 87歳で逝ったマザー・テレサ──。 彼女のたどった道のりは キリストのそれと同じように 苦難と苦渋、そして愛に満ちていた。 彼女によって 救済された人々の間には、 喜びと希望が満ち溢れ、 やがて世界中に広がっていった。 彼女の地道な活動の成果を、 人は...「奇跡」と呼ぶ──。 |
マザー・テレサが逝って一年が過ぎた。
87年の生涯を、貧しさと飢えと病に苦しむ人々に捧げたマザー・テレサは、
昨年('97年)9月、心臓発作のために、この世を去った。
奇しくも、仲がよかったと伝えられるダイアナ元皇太子妃の葬儀前日のことである。
彼女の死は、全世界に悲しみをもたらした。
ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は、
「マザー・テレサは、打ちひしがれたすべての人々に神の慈しみを感じさせた類いまれな
人物として、20世紀の歴史に刻まれる」と語った。
だが、その名が歴史に刻まれるのは、彼女の本意ではないだろう。
質素なサリー、素足にサンダル、手作りの布袋──彼女は世界中どこへ行くときも、
このスタイルだった。
私物はいっさい持たず、名声も望まなかった。
マザー・テレサが望んでいたのはただひとつ、貧しい人、病む人、
苦しむ人のために働くことだった。
なぜなら彼らの内に、”キリスト”を見たからである──。
「持ち物が少なければ少ないほど、
多く与えることができます。」
...神の声を聞いた彼女は、修道会を離れ、修道服を脱ぎ、
質素なサリーを身にまとい、粗末なサンダルをはいて雑踏に立った。
彼女はたったひとり。
修道女になって20年の歳月が流れ、このとき、ポケットにはわずか5ルピー、
今の価値にしてたった20円ほどのお金しか持っていなかったという。
「道ばたで男性を助けました。体中ウジだらけで、
だれひとり助けようとしませんでした。
体を洗ってあげると、彼はいいました。
『なぜこんなことを?』私は答えました。
あなたを愛しているからです──と」
...毎晩、彼女は疲れ果てて戻ってくる。
質素なサリーにサンダルという格好だったために、
頭のおかしいシスターだと思われて、相手にされないこともあった。
ときには石を投げつけられたりもしたという。
「(私のもとへ来た)シスターたちの仕事は、人の理解を超えています。
その仕事ができるのは、手を触れる相手が、神の子だからです。
...つまり、貧しさにあえぐ人は、姿を変えたイエスなのです。」
「この世で一番大きな苦しみは一人ぼっちで、
だれからも必要とされず、愛されていない人々の苦しみです。」
「愛の欠如こそ、今日の世界における最悪の病です。」

「もしも私たちが謙虚ならば、
ほめられようと、けなされようと、私たちは気にしません。」
「絶望のあるところには希望を、くらやみには光りを、
悲しみのあるところには喜びを。」