レイアップ!
〜オリジナル小説〜

著者:レティ


「初めまして、ボクは上条玲です。これから二年ちょっとの学園生活、仲良くして下さいねっ」
 ある冬の日、新道寺学園に転校生がやってきた。
 なぜか、ジャージ姿で。
「上条クン、どうしてジャージなんですか?」
 やはり興味を持ったのだろう、一人の女子生徒が質問する。
 転校生といえば前の学校の制服という格好が定番だよな。少なくともドラマなんかの中では。
 それなのに野暮ったいジャージ姿である理由は予想がつかない。
「いやあ、ちょっと通学途中に川へ飛び込んじゃって」
 予想外の回答だ。
 何かの拍子に汚す可能性は考えたが、真冬に川へ飛び込むだなんてどんな緊急事態だったのか。
「先生も連絡が来た時には驚いたぞ、なんと上条君は橋から落ちた小学生を助けに川へ飛び込んだんだ。すぐに救急車も来て大事には至らなかったそうだが、中々できることじゃないな」
 だが危ないから真似はするなよ、と言葉を締める担任。
 顔が良くて正義感もある。それでいていい事をしても得意になったりしないで謙虚な態度を取る辺り性格がいいのだろう。ハキハキした喋り方も好印象だ。
 さっそくクラスの女子達は、この新しい人気者候補の品定めに取り掛かっているのか、色々な質問を始めた。
「勉強は得意?」
「いやー、それがあんまり。どっちかって言うと運動が得意かな」
 その言葉を聞いて俺こと立花祐二は改めて転校生を見直す。
 上条玲。細身であまり筋肉はついていないようだったが、実力はどれほどの物なのだろうかと祐二は品定めに入る。
「上条クン、趣味は何?」
「へへっ、それならバスケだね! 試合を見るのも実際に動くのも大好きだよ。これは譲れないかなっ」
 合格、と小さく呟いていた。誰にも聞き取れない程度の小さな声で。
「こらこら、質問は休み時間にな。さて、ホームルームを始めるぞ」
「はーい」
 クラスの生徒達はまだ不満気だったが
 時間が押している。
「さて、上条君は空いてる席に座ってくれ。さて、今日の連絡事項だが……」
 そんな担任の説明も、ほとんど耳に入っていない。
 偶然にも隣の席になったのも運命だろうと、転校生、上条玲へと話しかけた。
「なあ上条。俺に付き合ってくれないか?」
「えっ? い、いきなり何の冗談?」
 顔を赤くして答える玲。
「冗談なもんか。休み時間はどうせ皆が集まるだろうから……とりあえず昼休み、一緒に飯食おうぜ」
「う、うん。で、でもビックリしたな。女の子から告白された事は多いけど、男の子から告白されるだなんて初めてだし……それもいきなり付き合ってって言われるなんて……」
「……? 何をぶつぶつ言ってるんだ?」
「な、なんでもないよ。うん」
 怪訝な表情を見て取ったのだろう、慌てて否定する玲。
 それから俺の予想通り、休み時間は男女を問わずクラスの生徒達が集まって色々と質問をしていた。祐二はその輪に加わる事無く、休み時間になるたびに席を離れ、遠巻きに眺めていた。
「本当は、俺と関わらない方が上条のためなんだろうけどな」
 その言葉は誰の耳へとも届かない。



 時間通り授業は進み、昼休みとなった。
 他の生徒が話しかける前にと俺は玲へ声をかける。
「さて、昼休みだ。一緒に飯を食おうぜ。弁当か?」
「うん、そうだよ。どこか食べるのにオススメの場所でもあるの?」
 玲は他の生徒に向けるのと同じ笑顔を俺にも向ける。
 それは俺にとって、長く忘れていた感覚でもある。ふと、高校生になったばかりの頃の楽しかった日常を思い出し、胸が痛んだ。
 ――あの事件さえ、無ければ。
 こんな状況に、何も知らない転校生を巻き込むことに良心の呵責を覚える。だが、何も知らないからこそ、手伝ってもらえる可能性もある。
 そんな内心の動揺を隠し、俺は提案した。
「体育館だ。ついでにちょっと、腹ごなしの運動しようぜ」
 歩き出しながら説明する。
「勝手に入っちゃっていいの?」
 少しだけ、批難する響きも混ざっていると感じたのは、後ろめたさによるものだっただろうか。
「良くない、が入る奴もいる。まあ黙認されてるようなもんだな」
「……うん。ところで、さ。付き合ってと言われても、君の事名前も知らないんだけど」
「ああ、俺は立花祐二って言うんだ。よろしくな」
「分かった。立花君だね」
「名前でいいって。呼び捨てで構わない」
 それが、いつまで続くかは分からない事だったが。
「うん、そ、それで祐二はどうしてボクに……」
「ついた。ここだぜ」
 いつの間にか体育館へ到着している。
 出入り口に鍵はかかっておらず、開放されているが人気は無い。
「さて、運動運動っと」
 軽く準備体操を始める。
 それを眺めて、自分も運動を始める玲。
「バスケで一対一での勝負だ。好きなんだろ? 腕を見せてくれよ」
 そう言いながらボールを取り出した祐二は、ドリブルをする。倉庫の鍵は壊れたまま放置されており、コツを知っている人間ならすぐに開けられる。
 ボールの跳ねる音が体育館に鳴り響き、その懐かしさに少しだけ涙が出そうになっていた。
「ほんの、一ヶ月ぶりだってのにな」
「準備体操終わったよ」
 玲が声をかけた。
「遊びでいく?」
「いや、真剣勝負がしたい」
「分かった。じゃ、行くよ」
 それからの試合は一進一退の攻防だった。
 元々一年にして男子バスケ部のエース候補とも言われた俺に対し、玲は良く食らいつく。
 ドリブルにはキレがあるし、フェイントも二重三重の罠を仕掛けてくる。そして何より得意だというレイアップシュートは決して外さない。
 パワーで勝負する俺にテクニックで対抗する玲。
 体力に差があるのか、五分五分の勝負から段々と点数は離れていき、チャイムの予鈴が鳴ったのを合図に終わってみれば、十点差でなんとか勝っていた。
「すごいな、玲。まさかここまで苦戦するとは……」
「それでも負けは負け。あーあ、ボクも結構自信あったんだけどな」
 残念そうに言う玲。
「でも、これで心置きなく頼める。いいか、玲。聞いてくれ」
「う、うん」
「……ん、顔が赤いぞ。飲み物買って来てやろうか?」
「い、いいよ。そ、それより続きが聞きたいな」
 スポーツバカという事の連帯感だろうか。
 俺は息を整え、頼み込んだ。



「玲、第二男子バスケ同好会へ入ってくれ!」
 告白された。思いっきり告白をされてしまった。ただし部活、それも男子バスケ。
「……へ? え、えとさ、付き合ってくれって……」
「ああ、勝負に付き合ってくれてありがとう。これで俺は正式に頼んでも大丈夫だと思った」
 頭の中が真っ白になるボク。
「あ、あのねっ。ボクは女の子だよっ!」
「……へ?」
 何を言われたのか分からない、という表情の祐二。
「確かに髪を切ってもらってる途中でうとうとしちゃってショートカットにされちゃったけど! 通学途中にずぶ濡れになっちゃって女子の制服じゃなくて男女共用のジャージ姿だけれど! いくらなんでも間違えるなんてありえない!」
 正当に怒っていいのか、間違われやすい状態の自分にも非があるのか、それとも単なる八つ当たりなのか。
 ボクは自分でも自信を持たないまま腹を立てていた。
「帰る」
「え、ああっ、返事は……」
「女子が男子バスケ同好会に入れるわけないでしょ」
「そ、それもそうだが、でも……」
「付き合ってなんて言われてドキドキしてたのに。こんな結果だなんて許せない」
「……あ、すまん……」
「謝られても、謝られても……謝らないでよっ」
 祐二を睨み付けて宣言する。
「少なくともいい友達になれそうだなんて思ったボクがバカだったよっ」
 そう言ってボクは弁当箱を拾い上げて教室へ戻った。
 後に残った祐二は何か呟いていたけど、言葉としては届かない。
 言い訳なのか謝罪なのか分からないけど。
 少し、ボクも頭を冷やす必要があると思った。



「ねえねえ、汗かいてるけど大丈夫?」
 教室へ戻ると心配そうにクラスの女の子達が来てくれた。
 なるべく、内心のもやもやする気持ちを抑えて説明する。
「バスケに誘われただけだよ。でも立花祐二って最悪」
 まさかボクを男の子と間違えるなんて。
 たしかに可憐とかからは程遠いのは分かってるけどさ。
「上条クンがカッコイイから嫉妬して暴力?」
「うわー、ありそう」
「暴力って……大丈夫、普通にバスケで勝負しただけだよ」
 そこでカッコイイという言葉に引っかかる。
 前の学校でもカッコイイという理由でラブレターをくれた女の子がいた。
 謝ってなんとか友達って事で勘弁してもらったけど。
「……ボク、女の子に見える?」
「えー、中性的な感じするから、女装すればそう見えるかも」
「女装って……」
 ため息をついた。
 髪型が悪いのか言動が悪いのか。
 おしとやかになれば少しは見る目も変わってくるかな。
 けど女装談義で盛り上がってる女の子達を見ると、どうやら明日、制服を着て来るまで勘違いされる運命らしい。
「でも上条クン、気をつけてね?」
「え?」
「そうそう、先輩とかから、目をつけられたくないでしょ?」
「立花に関わらない方がいいよ」
「……いじめ?」
 だとしたら、それはそれで許せない。
 出会って半日も経ってない間柄だけど、クラスメートがいじめられてるなら放っておけない。
 無駄な正義感とよく言われる。それで衝突する事もある。でもそれも含めてボクだ。
 合わない人とはとことん対立するからね。
 でも不思議だった。祐二はいじめにあってもそれでくじける人間には見えない。
 だから、確かめる。
「何があったの?」
「ううん、詳しい事は知らないけど、立花ってバスケ部で先輩達に一方的に突っかかったらしいよ」
「レギュラーになれなかったのが悔しくて暴力を振るったって話も……」
「一番の親友がレギュラーになったって話を聞いて、逆恨みで腕を折ったんだとか」
 そこで聞いた話は祐二を悪く言うものばかりだった。
 でも、部活の、同好会の話を切り出した時の表情は真剣で……。
 今になって思えば、同じスポーツバカとして連帯感もあったし。
 どうにも裏の顔なんて考え付かなかった。
 ちょっと話をして勝負しただけ。それだけだけど、噂にあるように腐っている人間には見えなかった。



 放課後になるまでの二時間の授業の間、祐二はボクに話しかけてこなかった。
 休み時間はどこかへふらふらと出かけ、授業開始前には戻ってくる。
 ボクを囲む輪の邪魔にならないように……なんて考えるのは好意的過ぎるのかな。
 授業中は教科書が届いてない事もあって、席を隣り合わせにして同じ教科書で勉強する。
 真面目に授業は受けているけれど、前の学校ですでに習った部分ばかりで退屈。
 そんな事を考えてた時、そっと祐二がノートの切れ端に文字を書いて寄こした。
 ――さっきは悪かった。
 少し迷って返事を書く。
 ――気にしないで。もう怒ってない。
 半分本当、半分嘘。自分自身に腹を立ててるけど、祐二に対してはもう怒ってない。
 おそらくこれで怒ったらクラス全員に怒らないといけないだろうし。フェアじゃない。
「本当に悪かった」
 小声で話しかけてくる祐二。
「気にしないでいいよって言ってるのに」
 やっぱり小声で返すボク。
「不用意な言葉で傷つけた事は事実だ」
 やっぱり意外といいヤツらしい、というボクの感想は間違ってなかったようだ。
 こういうフォローはちょっと嬉しい。
 そう思って色々と考え直す。
 
「男子バスケ部に入るのは無理だけど。手伝おうか、何かできることあったら」
 迷った末、協力を提案してみた。
 困ってるのは確かで、悪い噂のせいで上手く行ってないのは事実らしいから。
 その噂も、真実が気になったのだけど。
「やめとけ」
「……え?」
「そもそも誘ったのは気の迷いだった。俺と関わるとロクな事にならないぞ」
「でもさ……困ってるんでしょ?」
 会話にけん制が必要ない。率直に心をぶつけようとしてみる。
「困ってるなら助けないと、助け合わないと」
「お前……玲ってさ、俺の何なわけ? 申し出は嬉しいけど、さ」
「今はクラスメートで学友。ついでに言えば未来の親友候補。スポーツ好きとして気が合うんじゃないかって思ったりもしたんだけれど」
「親友?」
 その言葉に祐二は一瞬だけ苦しそうな表情を見せる。横目でつい見てしまった。それは本当に辛そうで、悲しそうだった。
「その言葉を軽く使うなよ」
「……分かった。もう言わない」
 キーワードは親友か。親友、祐二にいたんだろうか。そういえば噂の一つに親友を潰したって話も聞いたような気がする。
「それで……どうして関わらない方がいいの?」
「バスケ部の連中に目をつけられる。厄介だぜ」
「そのぐらい、どうって事ないけど……」
 正義感を振りかざせば敵が増える。それはもう仕方ない事だと諦めてる。
 けれど、祐二は真剣な表情で忠告を繰り返した。
「俺の親友……だったヤツもいたんだ。少なくとも俺はそう思ってた。でも、あいつ等、バスケ部の連中に脅されて……」
「脅されて?」
「……なんてな。悪い、ちょっと久しぶりの運動で疲れたわ」
 それだけ言うと祐二はひじを立てて目を閉じ、眠りについた。
「なんだよ……」
 人が真面目に聞いたのに。
 結局、授業内容が頭の中に入らなかった。



 放課後の教室にて。
「親友潰し?」
「そう、立花の奴、自分がレギュラーに選ばれなかった腹いせに、親友の腕の骨を折ったんだ」
 そう語るのはクラスメートの四月一日クン。
 女子は曖昧な噂ばかりで具体的な話は聞けない。
 そこで男子のクラスメートにも話を聞いてみようと思ったところ、こんな答えが返ってきた。
「親友の人ってどんな人なのかな?」
「富士原健一。隣のクラスだよ。一言で表現すれば軽い奴だな」
「ありがとう。直接話しを聞いて見る」
「……あんまり立花に肩入れするなよ」
「脅し?」
「いいや、忠告。うちのバスケ部、結構幅を聞かせてるからさ。学園生活、灰色にしたくないだろ?」
「でも……気になるんだ」
 なんでかはボク自身も分からない。
 本当に関わらない方がいいんだろうけど、でもそれで引くのは、ボクらしくない。
「忠告、受け取っておくよ」
「……ああ」
 そのまま隣のクラスの富士原君の所へ行く。
 体育でもないのにジャージ姿は目立つ。
 だからあんまり動きたくはないんだけど……。
「えっと、富士原君?」
「そうだけど、なに?」
「えとさ、立花君の事でちょっと聞きたいんだけど」
 そう言った時だった。
 机をドンと大きく叩き、大声で怒鳴られた。
「アイツの話をするなよ!」
 怒ったような素振り。でも、その目は……どこか怯えていた。
「立花君が怖いの?」
「違う、あいつは、あいつは……」
 そう言いかけて、口を閉じる。
 まるで、力尽きた老人のように。
「帰ってくれ。俺が話す事なんて何も無い」
「でも……」
 そういいかけた所で、周囲を三人の男子生徒に囲まれた事に気付いた。
「……何かな」
「お前、転校生だろ? 人の古傷をえぐるような真似してんじゃねーよ」
「自分の教室帰ったら? 自分の居場所じゃないっしょ」
「そうだね。邪魔者は帰るよ。でも最後に……君たちは誰?」
「富士原の友達さ。同じバスケ部の、ね」
 それで大体の事情を察する。
「じゃあね、富士原君」
 教室を出て、一度だけ振り返ると何か言い含められている富士原君の姿が見えた。
 どうやら祐二は罠にハメられてるらしい。
 それと知ってしまったボクはどうするのか。
 答えは、出ない。



 翌日、ボクは雨の降る中、再び川へ飛び込んだ。
 今度はおじいさん。早朝からジョギングしてて健康そうだな、とか思ってたら足を滑らせて一気に落ちて行った。慌てて近くの家の人に救急車を呼んで貰い、川へ飛び込んで助け出す。
 なんで連日こんな出来事が起こるのか、不思議でたまらない。
 というわけで今日も結局ジャージ姿。
 そんな格好で学校へ行くと、祐二の姿が遠目に見えた。
 家を出たのが早めだったから、それでもまだ朝の早い時間なのは確か。
 声をかけようか迷ったけれど、不審な動きをしているのでやめた。
「なんで……ボクの靴箱開けてるんだろ……?」
 何かしているのは分かるのだけれど、後姿だからよく分からない。
 やがて立ち去った後、見に行ってみれば何も無い。普通に上履きがちょこんと置いてあるだけ。
「画鋲とか出てきたら……やだなぁ」
 そんな事を思いながら恐る恐る取り出してみると上履きが何だか汚れてる。なんだかんだで新品だから目立つんだけど。それでも画鋲は入ってなかった。
 そんな事があったものだから教室へも慎重に足音を立てないように向かう。
 すると、案の定……というのもおかしいか。
 祐二がボクの机の前で何かをしていた。やっぱり後姿で何してるかは見えないけど。
「祐二、何してるんだよ」
 声をかける。するとこちらを見ると、全力で逃げ出す祐二。
 何を手にしていたのかは分からない。
 不思議に思いながら席についてみると、答えは一目瞭然だった。
 机の上には……落書きがしてある。それも、口にしたくない類の。
 なるほど、ボクは大体の事情を察した。
 つまり、これは。落とし前をつけないといけないって事だね。
 それからホームルームの時間になるまで、落書きを落とす作業に追われた。
 段々とやってくるクラスメート達だったけど、挨拶しても顔をしかめるだけで返事が無かった。挨拶してくれる人も、様子を見ると言い訳しながら離れてく。
 遠巻きに眺められるのは気持ちのいいものじゃない。
 やがてホームルームが始まる頃には綺麗になったけど、祐二は授業が始まるまで戻ってこなかった。



「さて、祐二。言う事があるんだけど?」
 授業が始まった。ノートを取りながら小声で弾劾を開始する。
「な、何の事だ?」
 焦ってしどろもどろになる祐二。
「ボクの靴箱で何かしてる祐二を見かけた」
「う」
「ボクの机で何かしてる祐二を見かけた」
「そ、そうだったな」
「上履きは泥の跡が残ってるし、机の油性ペンでの落書きは本当に悔しいものだった」
「……ああ」
「だったら、ボクが言いたい事は分かるよね」
 言い訳のしようのない状況。
 その目撃証言を突きつけられて祐二がどんな態度になるか。
 それは、開き直りだった。
「バレちゃあ仕方ねーな。お前が第二バスケ同好会に入らないからなんだぜ?」
「へえ?」
「まあ今後俺と関わらないで絶縁すりゃもう何も起きない……やりゃしねーよ」
「なるほどねえ」
「いいか、分かったらもう俺と関わるんじゃねーぞ」
「断る」
 スッキリ断言。うん、これってちょっと気持ちいい。
「ボクは言う事があるって言ったよね」
「……ああ」
「聞いてくれる?」
「聞かないわけには……いかないんだろ?」
「この手のイジメをする人はね、相応の罰を受けるべきだと思うんだ」
「告げ口する気か?」
「告げ口なんて人聞きの悪い言葉で表現してもダメだよ。違法行為は訴えられるべきなんだ。社会人だったら器物損壊に当たるんじゃない? 学生だからって許される事じゃないと思う」
「…………」
「さて、聞いて欲しいのはこれからボクがどう動くかなんだけど」
「停学ぐらい覚悟してるよ」
「覚悟してどうするのさ。覚悟させないと」
「……へ?」
「靴は泥まみれなのに乾いてた。今日みたいな雨の日に泥だらけにされて、自然に乾いてるはずがない。だったら、人為的に誰かが乾かしたって事だよね」
「……そうだな」
「そして油性ペンでの落書き。机の表面がうっすら濡れてたよ。水じゃ落ちないって気付いてなかったのかもしれないけどね」
「なかなか落ちないから無駄な努力かとも思ったよ」
 実際消せてないのだから無駄な努力だったのかもしれない。
 けど、ボクはその消そうとしてくれた気持ちを受け取った。
「だからね、ボクが言いたいのは一言」
 そう、一言。
「ありがとう。悪意から護ってくれて」
 その言葉が予想外だったのだろう、祐二は戸惑った表情を崩せないでいる。
「護れて、ないぜ。本当は気付かせたくなかったんだが」
「わざわざ自分が悪役になってまでボクを庇おうとしてくれたんでしょ? 気持ちが嬉しいよ」
 断言する。
「えとさ、今度ははぐらかさないで教えて欲しいんだ。なんで第二男子バスケ同好会を作ろうと思ってるの?」
「……約束、したんだ。富士原と」
「約束?」
「バスケできる場所が欲しいって。陥れるのに加担してごめん、嘘をついてごめんって泣いて謝られた」
「後悔するくらいなら最初から嘘をつかなければいいのに、なんてのは当事者には無理だろうからね」
「実際にアイツは腕の骨折られてるからな。恐れるのも仕方ない」
「それで、新しいバスケ同好会が出来れば富士原君も移ってくれるって?」
「いいや、約束はたった一つ。いつか一緒に同じ試合場に立とうぜって。来年再来年に今の二年と三年がいなくなれば状況も変わる、俺が復帰できると思っているんだろうが……」
「甘い考えだね」
「言うな。俺は許してる」
「優しすぎるのも時には美徳じゃないよ?」
「まあ、そんなわけで自己満足を一つだけ、な。俺もいつ退学に追い込まれるか分からないから……同好会の一つでも作って先輩連中をヘコませてやりたいと思ったんだ。甘く見てくれてたら、一年を試合に出してくれるかも分からないしな。そしたら富士原とも戦える。最後の約束ぐらい、同じコートで敵味方とはいえ戦えるんだ。いいだろ?」
「でも真実は隠され噂は悪評になって誰も仲間が見つからなかった、か」
「……俺の話を信じてくれるのか?」
「まあね。それで、他に信じてくれる人いるの?」
「いや、ダメだろう。試合の約束だけは取り付けたんだが、それも明日まで。けど、仲間の心当たりが一人しか……」
「一人いるの? それじゃあ3On3でどうかな?」
「……もしかして、出てくれるのか?」
「第二男子バスケ同好会には入れないけど、第二バスケ同好会になら入れる。……と、思うんだけど」
「いや、でもダメだ。俺はイヤガラセに対して覚悟してるが、それに巻き込むわけには……」
「今更遅い遅い。ボクはこれでも正義感の強い方なんだよ」
 その言葉に祐二は苦笑した。
「よく知ってるよ。……悪いな、頼む」



 授業は授業でそれなりに真面目に受けて、昼休みに三人目の仲間を探しに屋上へ向かった。
 ボクとしてはわざわざ雨の日の屋上にいる人なんてイマイチ想像ができなかったんだけど、雨は完全に上がったなら屋上にいるのは間違いないとのこと。
「変り種なんだね」
「じゃなきゃ俺を手伝ってくれる可能性なんてないだろうさ」
 軽口を叩ける関係が今更ながら楽しい。
 そんな事を思いながら屋上に出ると、シートを広げてドーナッツを食べる生徒の姿があった。
「なあ、三津崎、二人目見つけて来たぜ」
「断る」
 この愛想の無い人物が三津崎真。
「おい、二人じゃ試合にならないからって言ったのはお前だろ?」
「少なくとも三人は必要だとは言ったな」
「だったらどうして」
「第二男子バスケ同好会に女子をカウントしてどうする」
「……ボク?」
 こっちに来て初めてボク、女の子だと見破られたよ。
 いや、その、見破られたなんて表現はどうかな、うん。
「よく分かったね。ど、どこか女の子らしかったかな」
「さてね」
「さすが校内一の情報通だな。けど心配ない、作るのは第二男子バスケ同好会じゃなくて第二バスケ同好会だからな」
「……あのな」
 ようやく振り返り、三津崎は何故かボクの目を見て説明を始めた。
「恩人だから言うが、転校生。お前は立花に関わるな。こいつがどんな人間か知らないから騙されてるんだろうが……」
「騙されてるのはどっちだろうね、三津崎君」
 一度決めたボクの信念は揺るがない。
「情報通なら知ってるんじゃない? 祐二が起こしたって事件の真相と真犯人を」
「……ああ、まーな」
「だったらどうしてそういう事言うかな」
「あれはな、当事者全員が認めて終わった事件なんだぞ」
「……でも真実とは違う形なのに、なんでしょ。知ってるなら第三者の視点から教えてよ」
「しょうがねぇな。簡単に言うとだ」
 富士原君は祐二とのペアで先輩達を圧倒したらしい。
 それが気に入らないと集団リンチにかけて、富士原君の腕を折ってその責任を祐二に被せた。腕を折られた恐怖に富士原君は屈してしまった。
「……でも、全員認めたって言ったよね。祐二も認めたの?」
「顧問がな、生徒指導の岡田だ。で、しかも一枚噛んでやがった。ドラマで見る刑事の取調べなんて甘っちょろいものに感じたぞ」
「それに屈した、と」
「責められても仕方ないかもしれないけどな、岡田のヤツ、選手生命を断つ事に何のためらいも持ってないぜ」
 孤立無援だったしな、と自嘲する祐二。
「で、それと知ってて黙ってたの、三津崎君は」
「いや、俺が知ったのは大分後になってからだ。蒸し返して誰が得するわけでもなかったしな」
「分かったよ。分かりたくないけど、理解はできる。共感しないけど。それで、そんなバスケ部が怖いから手伝ってくれないの?」
「バカを言っちゃいけないな。俺がそんな弱気な人間に見えるかい?」
「違ってそうだから言ってるんだよ。不思議だから」
「まあ人数はごまかしで解決するからいいとしよう。で、報酬払えるのかい?」
「報酬?」
「俺はな、情報屋じゃなくて情報通だ。で、その理由は本業の助っ人屋をやるのに必要だから集めてるだけだ」
「助っ人屋?」
「弱小部活の助っ人に入って報酬をもらう。立花、お前は理解してたか?」
「ああ」
「でもお前が報酬を出せるとは思ってないんだが」
「ああ、誠心誠意頼み込むしかない!」
「……とまあこういうわけだ」
「土下座でも何でもする。分割でならなんとか工面する、だから頼む!」
「残念、現金前払いが信条なんだ。……というのが本来の主義なんだが、転校生」
「え?」
「お前には恩義があるからな。それへの借りをチャラにしてくれるってのでもいい」
「恩義?」
「覚えてないのか? 今日の朝、うちのじーさんが世話になったんだが」
「あ、あーっ、あのおじいさんのお孫さん?」
「そうだよ。何か礼しないとって思ってたんだ」
 不適な笑みを浮かべる三津崎。
「ちなみにその時、転校生の女子生徒って聞いたんだ。だから俺と立花以外、女の子だって気付いてる生徒はいないと思うぜ」
「そんなカラクリが……。うん、いいよ。お礼として受け取るから協力頂戴」
「任せろ」



 三日目の朝。今度は猫を助けに川へ飛び込んだ。……ということにした。
 ボクが女子生徒だって気付かれるといらない難癖をつけられるかもしれない。相手に余計な言い分を作られるのは困るから、という三津崎君……真の提案だった。
 真は単なるスポーツバカではなく作戦を考える頭脳がある。今回の試合を意味あるものにするために奮闘してくれたらしい。
 結果として3On3は、全校生徒の目の前で行われる事になった。
「引っ込め立花ーっ!」
「騙されないで上条クーーーンっ!」
 結果として野次られる。メンタル面でちょっと不利。
 でもこんな大イベント、どうやって作り上げたんだろう。
 朝までは普通だった。早朝に学校へ来て見た所、予想通り靴箱と机が荒らされていて、その片付けに追われた。
 始まりの変化は朝のホームルームだった。
 担任は微妙な表情でボクと祐二を見ると、午後の授業予定が変更されて体育館でイベントがあるって事を説明した。
 それから休み時間に皆から距離を取られてる事にちょっと寂しさを覚え、イベントが終わってから試合なのだろうと思っていたのだけど。
「これはどういうことなのかな、真?」
「いや、悪い。蜂の巣を突付く様な真似しちまった」
 ちっとも悪びれずに平然としている真。
「いいさ。全校生徒の前で恥をかかせてやるだけだ」
「ヒールだねぇ。いよっ、頑張れ悪の黒幕っ」
 覚悟を決める祐二にそれを茶化す真。
 誰が本当の黒幕なのやら。
「やあ、今回は災難だったね」
 フランクな声をかけられたと気付くまで三秒。
「あ、えっと……」
「バスケ部キャプテンの西園寺だ。今回はお手柔らかに頼む」
「いえ、全力で胸を借りますよ。西園寺先輩」
「うちの元部員に騙されてるようで申し訳ない」
「そうでもありませんよ」
 なるほど、心理戦もやってくるか。
「生憎ですが、真実はすでに握っていますから」
「そう? じゃあ遠慮はいらないね」
 と、言うと同時に獰猛な笑みを浮かべる。
 なんとなく、ボクは蛇を連想してしまった。
「ぐだぐだ終わった事を蒸し返しやがって。覚悟はできてんだろうなぁ?」
「三流悪党らしくてお似合いですよ、先輩」
「てめっ、人をバカにしやがって!」
「ボクなんかまだまだです。ほら、見て下さい」
 そう言って西園寺先輩の後ろを指差す。
「あん?」
 その間に立ち去る。
 この手の輩は相手にするだけ付け上がる。放置が一番だ。
「見たぜー、玲ちゃん」
「真、仲間を驚かしてどうするのさ」
「あの西園寺を手玉に取るとは予想外でね。手助けが必要かとも思ったが。不用だったな」
「まあ、色々とあるんだよ。さ、もうすぐ試合でしょ。そろそろ行くよ」
 コートへ向かい、対峙する。
 相手は上級生、それも部活のエースをそろえて来てるだろう。
 全力を尽くしても勝てるかどうか分からない。
 だけど、だからこそ全力を尽くす。
 試合に勝てれば……きっと何かが報われる。そう信じて。
 試合のホイッスルが鳴り響く……。



 玲は少し緊張し過ぎ、真は力を抜きすぎ、足して割ればちょうどいいやる気なんだがな。
 そんな事を思いながら俺はドリブルを続けて相手との間合いを計る。
「なあ立花」
「なんッスか先輩。楽しいジョークはまたにしませんか」
「またの機会なんてねーよ。この試合、俺達が勝ったらお前学校やめろ」
「…………」
「目障りなんだよ」
「そうッスね、それもいいかもしれないッスね」
「だろう?」
「じゃあこっちが勝ったら先輩は学校辞めてくれるんッスかね?」
「は、いいぜ。万が一にも無いがな」
「ですか。じゃ、いきますよ」
 軽いフェイントを入れて抜きにかかる。
 しかし性格はともかく腕は主将だけに凄まじい物がある。
 フェイントは読まれ、進路を塞いで来る。
「仕方ないッスね、最終兵器使わせてもらいます」
「へっ、言ってろ」
「玲っ」
「うんっ」
 パスを出し、攻めを玲に託す。
 体力に不安があるため負担はかけたくないが……かけたくないが、テクニックは三人の中でも一番の腕前だ。
 見知らぬ転校生、名前も聞いた事の無い選手だとばかりに油断していた相手を軽く抜き去り、得意のレイアップシュートを決める。
「う、うそだろ?」
「バスケ部のエースが簡単に?」
 観客になった生徒達の間でどよめきが湧き上がる。
「何か卑怯な手を使ったに違いないぜ」
「ずるしてるぞー! 審判、ちゃんと見てろよ!」
 頭に血が上った。
 大声を張り上げて言い返そうとした時、真が背中を叩いて俺を冷静に戻らせる。
「言わせとけ、アレは一年のバスケ部員だ」
「けど、実力をインチキ呼ばわりされちゃ……」
「どうとも思ってないみたいだぜ、玲ちゃんはよ」
 真の言葉に玲の方を振り向く。
 すでに位置に戻り、次のゲームに備えてた。
「ま、そんなにやわじゃないって事だ。信じてやれよ、相棒を」
「……今はお前もパートナーの一人だ」
「ああ、だから俺の事も信じろって。試合はともかく、悪い結果にはならないよう手は打った」
「手……?」
「よし、次行くぜ!」
「あ、おいっ」



 しかし試合が順調なのも最初だけだった。
 玲が体力が無いと見るや厳しいマークとフェイント潰しで体力を余計に削られる。
 それでも前半は健闘し、リードを広げたが後半になって段々と点数差が詰められてきた。
 一年間、二年間。それだけの積み重ねの分、俺は先輩達に技と力が及ばない。
 玲は体力を無くし、動きも鈍くなって得意のテクニックも錆びた刀だ。
 真だけはペース配分も順調だが、それでもミスが目立ち始めている。
「ヘバってんじゃねーぞ、祐二」
「ははっ、さすがに辛いぜ。でも、それは相手も一緒なんだよな……」
 予想以上の激闘にコートに居る六人、全員の息が上がっている。
 ……そこで、西園寺先輩は予想外の行動に出た。
「タイム。メンバーチェンジだ」
「……は?」
 言われた審判が怪訝な顔をする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ西園寺先輩! こっちには替えの要員なんて……」
「それはメンバーを集めなかったお前の責任だろう?」
 そう言うとバスケ部の三人はさっさとコートを立ち去り、代わりの選手が出てくる。
「メンバー交代はなしのはずじゃあ……」
「うるせえっ」
 食い下がる審判へ怒鳴りつける西園寺先輩。
「ちゃんと事前にルールは確認したぜ。忘れてるだけだよな、なあ?」
「……は、はい」
「落ち着けよ、祐二。今のバスケ部は一種の恐怖政治で、審判はただの一年。ここまで意図的に不利なジャッジをしなかっただけマシな方だ」
 思わず拳を固めていた俺を心配したのだろう、真が声をかけてくる。
「けど、ここでメンバーを入れ替えられたら俺達の体力は……」
「ああ、さらに悪い知らせをしてやろう。……さっきの衝撃で足首を挫いたみたいだ。もう飛んだり跳ねたりできねぇっぽい」
 思わず真の足を見る。
 真は苦笑いして靴を脱ぎ捨てると、そこは紫色にはれ上がっていた。
「ざまぁねぇけどこれも仕方ねぇな。こっちも選手交代だ」
「でも代わりの選手なんて……っ」
「いるじゃねぇか、ほれそこに」
 真が指差した先には、バスケ部員達がいる。
 もちろんその中には富士原健一も。
「いまさら、富士原を説得しろってのかよ……」
「ああ。おいっ、富士原、ちょっとこいっ」
 名指しで呼ばれて富士原はビクリと反応する。
「こっちだ、こっち。さっさと来い!」
 戸惑った表情で西園寺先輩を見る富士原。
 少し話して許可が出たのか、真の呼び声に従ってやってくる。
「俺達は敵同士だ。気軽に呼ばないでくれ」
「じゃ、俺は下がる。後は任せたぞ」
「お、おい。三津崎!?」
「決めろよエース。シュートだけじゃなくて言葉もな」
 それだけ言い残して、本当に立ち去る真。
「……富士原」
「な、なあ、今からでも詫びいれろよ祐二。そうすりゃ平和に……」
「いや、俺はこの試合に負けたら学校を辞める。そう約束しちまった」
「そんな……来年……はまだ無理でも、再来年、三年になっちまえば一緒にプレイできたんだぜ!?」
「……悪ぃな、それだけ待つ事ができなかったんだ」
「お、俺はバスケ部を裏切る事なんて……」
「友達を売ってでも居続ける価値があるの? 今のバスケ部に」
 玲が口を挟む。
 息が上がってまっすぐ立つのも厳しそうな状態ながらこちらにも気を回す所は玲らしい。
「売っただなんて……でも、そう思われても仕方ない……のか……」
「どう思われるかなんてそんなに大事? 君、大事なものって言葉をちゃんと理解してるかな?」
「…………」
「援護射撃ありがとう、玲。でもちょっとでも休んでくれ。息を整えてな」
「うん、分かった。でも最後に言わせてよ」
「な、何だよ」
「約束したんでしょ。一緒のコートに立つって。祐二は敵に回るって形ででもそれを実現させようとした。富士原クン、君はどこまで約束を護ろうとするの?」
「約束……」
「……無理すんな、富士原。お前の選手人生はまだこれからなんだし……俺に叶わない夢を代わりに叶えてくれるんだろ?」
「そんな……そんな口約束どうして覚えてられるんだよ!?」
「富士原……」
「やるよ、やるしかないでしょ。もう二人ともボロボロで……なのに最後まで義理とか約束とか、ゆ、友情とかのために……」
 健一は泣いた。泣いて、覚悟を決めた。
「富士原健一、たった今バスケ部を辞めて第二バスケ同好会へ入ります!」
 そう大声で宣言するとコートの中へ入る。
 試合は再開された。



 試合終了のホイッスルが鳴る。
 点数は十点差で逃げ切った。なんだかんだで最後まで動き回った玲のレイアップシュートでは拍手もおこった。
 真剣に、俺達が正々堂々と戦った事を評価してくれる人は評価してくれたんだ。
「体力ねーぞ、健一」
「うっせ……こき使いやがって」
 大の字に倒れて動けない玲と健一。
「さて、みなさん。今の試合はいかがでしたでしょうか」
 気がつけば真が何やら足を引きずりつつマイクパフォーマンスをしている。
「勝利者インタビューです、祐二君どうぞ」
「え、あー。えっと、俺達のやる気と真剣さは全力出した事で知ってもらえたと思います。どうか第二バスケ同好会の設立をお許し下さい」
「謙虚ですねー。さて、他には?」
「そういや俺達が勝ったらバスケ部主将が学校辞めるとか」
「本当ですか、西園寺先輩?」
「でたらめだっ!」
「でもほら、レコーダーにしっかり記録に残ってますし」
 再生される恫喝の言葉。
「なっ……そ、そんな約束無効に決まってる!」
「ですよねぇ、だそうですがおじいちゃん」
 その言葉はいつの間にか現れた老人へ向けられていた。
 この学校の生徒なら誰でも知っている顔。
 理事長だった。
「お、おじいちゃん!?」
 玲が驚いた表情で声をあげる。
「そっか、転校生だから顔を見た事なかったのか」
「え、でも一度だけ、会った事もあるのに、えっ!?」
「まあ、よく覚えておらんのも無理はないかの。さて、健一。例のものを」
「はい。全校生徒のみなさん、よくごらん下さい」
 その言葉と共に体育館内のカーテンが閉められ、スクリーンに映像が映し出される。
 そこには靴箱と教室が映し出されてた。
「同時上映で分かってもらえるかとは思うが……」
 そこにはバスケ部員が祐二と玲の靴箱と机へ嫌がらせする様子がきっちりと映っていた。
「なあ、校長先生。このような事を放置しておく気かね?」
「は、はい、ただちに処分を……」
「まあ、もう少し待ちなさい。こんな状態もある」
 画面が移り変わり、校舎の裏庭が映し出された。
 そこでは生徒指導の岡田が生徒にタバコを勧めてるのが分かる。そしてその生徒は西園寺だった。
「一度や二度じゃなさそうじゃの」
 そう言って理事長は岡田へ目を向ける。
 顔が青くなるやら赤くなるやら。いっそ気の毒な気がしてきた。
 他にもバスケ部の失態がどんどん明らかにされていく。
 それがようやく終わった時、理事長は宣言した。
「我が校の誇るべきバスケ部は、いつの間にかその理念を失っていたようじゃの。しかるべき調査の後、正式な処罰を下すので覚悟しておくように」
 そんな理事長を見届けて俺は意識が遠のくのを感じた。
 最後に思ったのはご老公ってすげぇ、だった。



「バスケ部は廃部、代わって第二バスケ同好会が部に昇格、かぁ」
 ほとんどのバスケ部員が処罰される中、何人か逃れられた部員を勧誘し第二バスケ同好会も部に昇格した。その中には健一もいる。本当に入っていいのかしつこいぐらいに聞かれた。元々、そのことを夢見て作った同好会だと言ってるのに。
 イヤガラセも無くなった。警備員の巡回が強化されたせいなのか、退学になったヤツが主犯だったのかは知らない。知っていても気が重くなるだけの事だろうし。
 そういえば玲もようやく女子の制服で登校してきた。俺と真以外、誰も知らなかった出来事だけに驚く顔を見るのが楽しくてたまらない。
 なお本人はバスケ乙女なる微妙な称号を手に入れて喜んでいた。戦乙女のもじりらしいが、とりあえず乙女であれば何でもいいのか。
「祐二、何か変な事考えたでしょ?」
「いや、何でもない。全てが片付いてどうすりゃいいのかむしろ不思議な位だ」
「感謝しないとね、理事長と真に」
「いや、一番感謝しないといけないのはだ。その理事長を助けたお前だし、真を動かしたのもお前だし、そもそも最後のシュート決めたのもお前だろ、玲?」
「最後のシュートは関係ないよ。八点の差が十点になっただけじゃない」
「いや、あれは芸術的だった。みんなの心を掴んだって意味が凄く重大だ」
「あはは、なんか日本語変だよ。ボクは別に……」
「でさ、俺も倒れそうな意識の中で見た玲のレイアップシュートが凄く好きでさ」
「……うん」
「付き合ってくれないか?」
「買い物?」
「いいや」
「で、デート?」
「それも含まれる」
「含まれるって……それじゃ、その、まさか」
「ああ……バスケに付き合ってくれ」
「……はぁ、やっぱりそのオチ?」
「俺の恋人として」
「……へ? ほ、本気で言ってるの? ボク、全然女の子らしくないよ?」
「十分本性は見てきたさ。それで、その上にあのレイアップシュートだ。これはもう惚れるしかないだろ?」
「またまた、からかっちゃって」
「いやいや、本気だってのに」
 この後、信じてもらうまで丸一日説得したのだけれど……。
 本当にさんざんからかわれたのは言うまでもない。




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