作曲家名 ウェーバー [Carl Maria von Weber] カール・マリア・フォン・ウェーバー
生没年 1786-1826
出身地 ドイツ オイティン
説明 ウェーバーは13歳で最初のオペラを作曲し、40歳という若さで世を去るまでに、未完のものを含めると、10作にものぼるオペラを書いた。彼は生まれついてのオペラ作曲家であった。また、彼は思い切った改革をいくつか行った。オーケストラの配置を変えたこともそのひとつで、それまで手前に木管楽器、後ろに弦楽器という配置だったのを、現在の配置に近いものにしたのである。指揮棒というものを使い始めたのも、彼が最初だといわれている。
代表曲 ピアノ小協奏曲(コンチェルト・シュトック)ヘ短調 作品79
ウェーバーはピアノ協奏曲を3曲作曲しているが、そのなかで、この小協奏曲がもっともよく知られている。
この曲は、各楽章が切れ目なく演奏される小さな協奏曲で、特別に標題はもっていないが、ウェーバー自身による、中世の姫君と騎士のロマンスがメモされているように、全体に物語風の構成をもっている。ウェーバーのピアノ音楽の特徴である色彩的な筆致はこの曲でもよくあらわれ、また、たいへん高度な技巧を要する曲となっている。

クラリネット五重奏曲変ロ長調 作品34
ウェーバーは、クラリネットをこよなく愛した作曲家であった。協奏曲のほかに、室内楽でも、彼はクラリネットを好んで使った。この「五重奏曲」は、協奏曲と同様、クラリネットの名人ベールマンの協力を得て書かれたものである。モーツァルトやブラームスの「五重奏曲」ほど有名ではないが、いかにもオペラの作曲家らしく、アリアのように旋律をゆったりと歌わせ、迫力のある劇的な効果をもっていて、なかなか魅力的な作品である。

「舞踏へのお誘い」作品65
ウェーバーが33歳(1819年)の時に作曲され、愛妻のカロリーネに捧げられた。自由なロンド形式で書かれ、ウェーバーらしい華やかな作品となっている。

オペラ「魔弾の射手」
ドイツ国民オペラの金字塔として、オペラ史上に燦然と輝く「魔弾の射手」は、1820年(34歳)にウェーバーが3年がかりで書き上げたもので、翌年6月にベルリンで初演されて、圧倒的な成功を勝ち得た。ジングシュピールの形式で書かれたこのオペラは、背景をチェコの森林地帯にとり、ドイツ語の台本、ドイツ民謡の精神を生かした音楽など、あらゆる意味でドイツ精神の産物といえる作品である。合唱に力が注がれたことも、成功の一因といわれている。
このオペラは、北欧の“魔弾の射手”伝説を素材として書かれたもので、当時ドイツ領であったチェコのボヘミアを舞台としている。護林官クーノの娘アガーテと、青年マックスは愛し合っているが、クーノが、射撃競技会の優勝者に娘を与えると宣言するので、最近射撃の腕が鈍っているマックスは気が気ではない。そうしたマックスに、仲間のカスパールは、言葉巧みに悪魔に魂を売って、魔弾の射手になれば、百発百中の魔弾が手に入るとそそのかす。悪魔から魔弾を授けられたマックスは、首尾よく優勝するが、最後の一発が、カスパールに当たり、アガーテも気を失って倒れる。非を悔いたマックスは、アガーテとめでたく結ばれる、というのがあらすじである。

代表作品
曲目一覧
オペラ「オベロン」
オペラ「オイリアンテ」
オペラ「精霊の王」
クラリネット協奏曲第一番ヘ短調 作品73
クラリネット協奏曲第二番変ホ長調 作品74
▲Go to index